気候難民博物館が開館

  • 場所はトールネック:悪魔の渇きのアイコンの下辺り。
    錆びた給水塔のような塔の根元部分の地面に置いてある。

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気候難民博物館がロンドンで開館

ロンドン、2060年5月8日
著名な詩人にして環境活動家のディエゴ・アベラ氏が本日、ロンドンに新しく開館した気候難民記念博物館の階段上で涙をこらえながらスピーチをした。

「2033年、私が19歳の時、アゾレス諸島は押し寄せる波に飲み込まれてしまいました」と氏は語った。
「故郷が波にのまれたのです。
以後10年間、私はテムズミードの非常時収容施設の塀の中で過ごすことになりました。
日中は飢えに耐え、夜は凍えながら、私の世話をするはずの人々の軽蔑、嫌悪そして虐待にさらされる毎日でした。」

アベラは続いて今でも議論の分かれる2038年の治安維持行動にも言及した。
「テムズミード蜂起…
そう、あれはホロページで書かれているような暴動ではなく、蜂起でした。
人々はパニックを起こした権力に踏み潰されていったのです。
友達や恋人たちが皆死んでいきました。私だけではありません。
テムズミード以外にも何千という場所で起きたことなのです。
人類の歴史におけるこの暗いいっときを、ささいな出来事にしてはいけません」

セカンドチャンス党の英国首相サリー・ボウヤーは、新設の博物館の初ツアーに参加したメンバーの一人だった。「この博物館は間違いなく我が国に必要なものです。気候難民たちは過酷な環境に耐えてきました。
文字どおり彼らをしのび、意識を高くもち、より明るい世界を作るためにも、実空間の博物館はあって当然のものなのです。」

対照的に、フェアチャンスUK党の対立候補であるナイジェル・カーンズ=ベイリー氏は博物館およびその広報担当を厳しく批判した。
「大絶滅の際には10億を超す人々が犠牲となりました。
英国の寛大な処置、すなわち我々の寛大さあればこそ、ディエゴ・アベラ氏は生きながらえたのです。
我が国の命を救われ10年間も住む場所を与えられたことが、そこまで許しがたいことならば、テムズ川に飛び込めばいいのです。今からでも間に合う。
というよりは、私は[データ破損]

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Last-modified: 2017-05-20 (土) 13:31:52 (886d)